靖国神社の「遊就館」の見どころ。ゼロ戦の見学は無料!
靖国神社は幕末、明治維新にかけて国に尽くした志士を含め、国内外の事変・戦争などによって戦死、殉職した軍人、軍属等の戦没者を「英霊」として祀りっていることで有名な神社です。太平洋戦争の終戦記念日近くになると多くの参拝者が訪れます。また、桜も有
靖国神社 は幕末、明治維新にかけて国に尽くした志士を含め、国内外の事変・戦争などによって戦死、殉職した軍人、軍属等の戦没者を「英霊」として祀りっていることで有名な神社です。太平洋戦争の終戦記念日近くになると多くの参拝者が訪れます。また、桜も有名で東京の開花宣言の指標となる標本木があり、神社内の桜に、近くの千鳥ヶ淵を含め、桜の季節には多くの人が訪れます。そんな靖国神社で意外と知られていないところがあります。それが 日本で最初で最古の戦争博物館 と言われる 「遊就館 」です。
遊就館とは?
1882年に(明治15年)に開館した日本における最初で最古の戦争博物館になります。幕末維新期の1850年頃から太平洋戦争に至るまでの戦没者を英霊として祭る靖国神社の施設として、戦没者の遺書や遺品など展示しております。 終戦後はGHQにより閉館され、企業の事務所などとして使用されましたが、1980年に再開し、その後改築され2002年に今の形になっています。 開館当初は武器陳列所であったことから、10万点に及ぶ収蔵品の中には古代から近世までに至る様々な武具が収蔵されており、古代の甲冑や刀から太平戦争時の兵器などが展示されています。
遊就館までの行き方
大抵はこのまま真っすぐ行ってお参りして帰ってしまう人が多いのですが、鳥居の手前で右に曲がっていくと 近代的なエントランスの 「遊就館」 が見えてきます。
遊就館に入場‐玄関ホール
零式艦上戦闘機まず、入って玄関ホールで目に入るのがゼロ戦こと零式艦上戦闘機の実物です。 ラバウルで回収された「 零戦 五ニ型 」 になります。ゼロ戦の傍らには実際に装備されていた機銃や操縦席も展示されています。
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八十九式十五cmカノン砲・九十六式十五cm榴弾砲 ここまで入場料はかかりません。展示エリア
入場する上での注意点玄関ホールでの写真撮影はOKですが、有料エリア以降は 写真撮影禁止 です。今時珍しいですが、遺品関連の展示が多いので、その点の配慮かもしれません。
プロローグ 近代史を学ぶゾーン① 明治維新~西南戦争幕末、明治維新から日本が近代国家として基礎を固める歩みを、ペリー来航など出来事や偉人を交えて紹介されます。1850年頃から1877年の西南戦争までの歴史になります。ちなみに明治維新で明治政府(国)に歯向かった幕府側や西郷隆盛などは 「賊軍」と 扱われており、靖国神社には合祀されていません。
近代史を学ぶゾーン② 日清戦争~日露戦争 近代史を学ぶゾーン③ 太平洋戦争(大東亜戦争) 硫黄島の戦い映画などでもご存知の硫黄島の戦いでは、 栗林中道中将 が娘の” たこちゃん ”に宛てた直筆の手紙が展示されています。映画『 硫黄島からの手紙 』の中でも手紙の内容は描かれてましたが、そこにはなかった栗林中将の「カタキをとってくれ」という文面には少し驚きました。そしてロサンゼルスオリンピック馬術障害飛越競技の金メダリストのバロン西こと西竹一中佐。映画のなかでは愛馬ウラヌスが硫黄島で亡くなっていますが、実際は戦地に連れ行っていなかったこともここで知りました。
英霊の「みこころ」にふれるゾーン大展示室
艦上爆撃機 彗星 九十六式中戦車 チハ日本陸軍の主力戦車であった通称「 チハ 」。展示されているのはサイパン島から還送された戦車第9連隊所属の車体になります。
人間魚雷 回天戦争末期に開発された魚雷を改造した特攻兵器「 回天 」。搭乗者一人が操縦しながら、そのまま敵船舶に特攻する無謀な兵器です。ここでは回天以外にも人間ロケット「 桜花 」や爆走特攻挺「 震洋 」などの特攻兵器が展示されています。戦争末期の無謀な作戦で散った若者を思うと胸が痛みます。