古典解説~仁和寺にある法師~エリートが陥りやすい罠
中学2年の国語で読む仁和寺の法師。徒然草の中でも有名なお話ですが、この単純な法師の失敗談の裏側には、エリートの陥りやすい心理が見えてきます。
訳 極楽寺と高良神社(二つとも石清水八幡宮の末寺と末社。山の下にあった)などを参拝して、これで石清水八幡宮は全部なのだと勘違いして、そのまま仁和寺に帰ってしまった。 さて。その後友達に会って、「長年、気になっていた石清水への参拝を果たす事が出来ました。石清水はかつて話に聞いていた以上に素晴らしくて、尊いお姿でした。 それにしても、同じように参拝していた人たちは皆山に登っていったのです。山の上に何か面白いものでもあったのだろうかと興味が惹かれたのですが、石清水に参拝する事が私の本当の願いだったので、山の上(本当は山の上にこそ、石清水八幡宮の本殿がある)には登らずに帰ってきました」 と、得意げに語ったそうだ。 ほんのちょっとしたことにでも、案内人って必要ですよね。(呆れ+溜息)
解説 普通に読んでも、おいおいって突っ込みが入りそうなこのお坊さんの顛末。石清水に行ったはずなのに、その手前で勘違いして行かずに戻ってきちゃったよ!!ってことです。
って勘違いして、ゲートくぐらず、乗り物も乗らずにUターンして帰ってきちゃう感じです。
「何のために行ったんだよッ!!」って盛大な突っ込み が入りそうなお坊さん。さぞかしこの後赤っ恥をかき、兼好さんにも「案内人って必要だよね」と呆れられるんですけど、昔から疑問だったんですよね。
「何で、道順を周囲の人に聞かなかったんだろう?」って。
-プライドの高い人は、常に周囲の目を気にしている-お寺は当時、物凄い権威性の高い場所でした。
宗教の中心で、人の生死の冠婚葬祭を取り仕切っていた、というのは今と同じですが、当時の仏教の影響力の強さは現在の比ではありません。鬼や霊、恨みや呪いが信じられていた世界で、人々を苦しみから救う役割だけでも絶大な力があると言っても良いです。
・当時珍しかった本が沢山あった。→大学、大学院の役割 ・民衆に貸していた→図書館の役割 ・勉強を教えていた→教師の役割 ・本から得た知識で病気を治療(当時の一級品の治療は、お坊さんに枕元でお経を読んでもらう事)→病院、医者の役割 ・葬式を取り仕切っていた事から戸籍の管理→市役所の役割 ・戸籍の管理の派生で税の管理→税務署の役割 etcetc….
これはほんの一例ですが、学問の部分だけでなく、行政組織や医療まで行っていた。医者や税理士、市役所の役人、大学教授などの権威は、今でも高いものです。それらが一つの組織に集約されている。更に、精神的な救いも与えている、今で言うのならば心理カウンセラーのような役割も務めていたのです。なので、 周囲からの尊敬の念は凄まじい ものだったかと。
となると、お坊さんになりたい人達ってどんな人たちなのかなと考えると、勿論純粋に仏教に救いを求め、また人を救いたいと思っていた人も居るでしょうが(それが大半だと信じたいのですが、人間、そんなに強く出来てないものです)、そうではなく、唯権威にあこがれて、偉い人になりたいと思ってた出世欲バリバリの人間もいたんじゃないかなと思っちゃうんです。
まぁ、いわゆる エリート ですよね。
すると、この仁和寺の法師が石清水に行きたいと言っていたことも、純粋に参拝したいという気持ちよりも違う意味合いが読めてくる。
だって、本当にその場に行って色々な物を見たい、と思うのならば事前に調べますよね。当時は神仏混合だったから、書物は有っただろうし、正確な地図とはいかなくても文献は有ったはず。其処までいかなくても、知っている人や同僚に聞いたんじゃないかと。
でも、そうしなかった。単に忘れていたし、行けば解るだろうと思っていた部分もあったのでしょうが、ならば石清水に行って気になる事があったのに、誰にも聞かなかった。
それは何故か。
お寺は当時、とてつもない権威です。 お坊さんは偉いんです。 そして、このお坊さん。真理の追究。仏の悟り、という事を心においていたのならば、事前に準備をしたはずなのに、一切それをしなかった。したかもしれないけれど、きちんとした知識は持たないままに石清水に行った。
この人、石清水に行って何かを追及する、自分の知識を得るという事が目的なのではなく、単に行った、っていうことを自慢したかっただけなのかな? そこまでいかなくとも、単に行きたかった、観光目的か?
「えっ?? この人、そんなことも知らないの. 」
本当に頭の良い人。勉強したいと思っている人は、自分の無知を自覚しています。知らないことを恥だとは思わない。だって、知れば良いのだから。真理を追究する、という事はある意味自分の無知と向きあい続けると言う作業です。
けれど、勉強をすることが好きなのではなく、勉強をしている自分が好き、という場合は違います。 石清水に行ったという自分が好き。自分の価値を上げるのが好き、それを人に話した時、皆からどんな風に見られるかという事を想定していた場合、 何よりも恐ろしいのは人からの侮蔑の視線 です。
そう。この仁和寺の法師、他人に何も聞けない人なんですね。
だってお坊さんだから。自分はエリートだから。知ってなきゃいけない存在だから。
小説読解 中島敦「山月記」解説 その3~人の心に棲む獣の正体~ bunlabo.com【まとめ 無知の露呈が怖かった法師】
「知らないんですか?」と聞かれる事が、何よりも怖い。自分の無知を晒す事が、本当に怖い。人からの視線が怖い。どう思われているのかが、何より気になってしまう。
だから、聞けない。聞けないんです。聞いたら、自分の評価が下がってしまう。そんな危険な賭けは出来るわけがない。
「誰かに聞けば良かったのに(でも、あなたは絶対に聞かないでしょうね)」って。
あなたは、解らないことをちゃんと、人に聞けていますか? 解ったふりをしていませんか?
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講師プロフィール Hitomi Matsumura松村瞳/文章塾「文LABO」主宰。著書に「古典の裏」笠間書院。 テスト問題に対応できるだけでなく、本当の意味での「国語力」を古典や物語の読解能力を通して子どもたちの文章能力に反映。本の感想を話してくれる生徒の笑顔が何よりも大好き。 月間20万PVブログ「文LABO(https//bunlabo.com/)」を運営中。
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