日本刀の切れ味
日本刀の切れ味 そこにはこんな実例が書かれています。 ・盗賊を棟打ちしたところ、刃が中程から折れてしまった。刀は水田国重の大乱刃である ・犬を棟打ちしたところ、刃が中程から折れてしまった。刀は越後守包貞らしき大乱刃である ・町人と斬り合いをした侍の刀が折れ、侍は腕を斬られてしまった。町人の刀は祐定で、侍の刀は継平だった
そこにはこんな実例が書かれています。 ・盗賊を棟打ちしたところ、刃が中程から折れてしまった。刀は水田国重の大乱刃である ・犬を棟打ちしたところ、刃が中程から折れてしまった。刀は越後守包貞らしき大乱刃である ・町人と斬り合いをした侍の刀が折れ、侍は腕を斬られてしまった。町人の刀は祐定で、侍の刀は継平だった つまり、人を斬る以前に刀が折れてしまうのです。折れない場合は、曲がってしまうのが普通ですが、 《関の兼元、長船祐定などは戦国時代でも曲がったりしなかった》 とあるので、やはり昔の刀は高品質だったのかもしれません。
なお、『刀剣実用論』には、いい刀として 《直刃(刃文がまっすぐ)なら肥前忠吉、乱刃なら関の兼元。沸(にえ)や匂(におい)の深い助広・真改なら小出来(華美でないもの)がいい》 と書かれています。
南京大虐殺紀年館(南京)の「百人斬り競争」展示・小泉久雄海軍大佐『日本刀の近代的研究』(1933年) ・成瀬関次『戦ふ日本刀』(1940年) 『実戦刀譚』(1941年)
・祐定 13人斬り、大きな刃こぼれ1 ・祐定 敵兵を若干斬り、大きな刃こぼれ2 ・元武 敵兵を若干斬り、大きな刃こぼれ1 ・清麿 敵兵を若干斬り、中くらいの刃こぼれ3 ・信秀(明治3年製) 敵兵を3名斬り、切先が3分折れ ・古刀の無銘刀 10数人を斬り異常なし ・古刀の無銘刀 4人斬り、刀身が左に少々曲がるも刃こぼれなし ・古刀の無銘刀 32人斬り、小さな刃のまくれ2、刀身がわずかに左に曲がるも異常なし
などとあり、古刀は弾力があって刃こぼれも少ないことがわかります。成瀬氏によれば、実戦で使える刀は 「刀を押さえてみて、盤石のような感じでなく、何となくしなっとした、微妙な弾力のある刀、鎬(しのぎ)のかっきりと小高い、焼刃のせまい、匂 (におい)出来の刀、中心(なかご=柄になる部分)に反りのない、重ねは厚いの」 だそうです。鎬が高いのは重要で、これは「くさび」の原理同様、より切れ味が増すからです。
実は斬れるかどうかは、本人の技量に大きく左右されます。『戦ふ日本刀』には、剣道をかじった少尉が居合いを学んだことで、47人を斬ったという話が出てきます。一方、未熟な人間は日本刀による失敗も多かったのです。以下、いくつか戦闘のエピソードを書いておきます(『新武道』1941年8月号、成瀬関次「刀即武道」による)。 ●ある少尉が満身の力を込めて敵を斬ったところ、敵の首は吹っ飛んだものの、勢い余って自分の左足を深く切ってしまった ●馬に乗りつつ抜刀して突撃したところ、馬が暴れ出し、自分の頬や馬を傷つけた ●ある少尉が逃げる兵を抜刀して追ったところ、敵が転び、自分も転んで敵に覆いかぶさってしまった。倒れるとき、少尉は左の手の平を刀の棟に置いていたため、まな板の上でものを切るように、敵をざっくりと斬り殺していた また、血がついた日本刀はかなり切れ味が悪くなります。さらにはこんな失敗も。
制作:2017年7月23日<おまけ> 古来、日本刀には鬼から巨大グモまでさまざまなものを斬った伝説がありますが、幽霊を斬った名刀もあります。現在、丸亀市立資料館に所蔵されている「にっかり青江」で、にっかり笑う女の幽霊を斬ったところ、翌朝確認したら石塔だったとされます。柴田勝家や豊臣秀吉が所有した名刀です。 © 探検コム メール