【足高の制とは】簡単にわかりやすく解説!!制度が作られた背景や抜擢された人・その後など
江戸幕府の八代将軍吉宗が行った享保の改革。 その改革の中の一つに足高の制という制度がありました。 今回は、この『足高の制(たしだかのせい)』について簡単にわかりやすく解説していきます。 足
今の時代人々は平等で全員に権利や自由があります。 しかし、江戸時代ではある程度の身分があってそれに伴って権利や自由が存在していました。 今回はそんな不自由な時代に存在した身分制度『士農工商(しのうこうしょう)』について、そしてその下の不自由だった存在えた・ひにんについても、わかりやすく解説して.
こうして前例踏襲、事なかれ主義が蔓延していきます。
②身分相応の生活しかし、江戸時代においては「身分に応じた生活」というものが求められました。
しかし固定化された身分制度下においては一度上げた給料は下げることが難しいため、幕府としては財政面での負担がネックになっていました。
そこで役職にあるだけの間、という限定的な条件で禄高を上げることにしたのです。
抜擢された人物
①大岡忠相テレビの時代劇大岡越前の主人公としても有名な大岡忠相が足高の制を説明する際によく出てくる人物です。
大岡家はもともと徳川家の直接の家来である旗本の家柄でした。
忠相は地震復旧の奉行など幕府の官僚として働いていましたが、 33 歳のときに伊勢の山田奉行に就任します。
当時の将軍は徳川家宣。のちに八代将軍となる吉宗は紀州藩主に就任しており、和歌山と伊勢が近かったのでこのときから二人の間に関係があったのではないか、と考えられることもありますが、のちに作られた話であるという説もあります。
またその後吉宗が将軍に就任したあと、忠相は江戸町奉行に就任しますが、これも大抜擢というわけではなく、順当な出世コースを歩んでいたと言えるでしょう。
町奉行として忠相は町火消の設置や小石川養生所の設立など享保の改革で有名な政策を実施します。
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その後忠相は 59 歳のときに寺社奉行に就任し、公事方御定書にも関わります。
通常大名というのは 1 万石以上の徳川氏の家来を指します。その意味では藩主も旗本も禄高が違うだけで、立場としては徳川家の家来として一緒なのです。
忠相は寺社奉行に就任するにあたり石高が足りなかったので足高の制によって 2000 石が加増されました。
また、その後足高分を正式な加増として認め、大名として忠相を取りたてました。忠相の藩は明治まで残りました。
②田中丘隅名主の次男として生まれた田中丘隅は大岡忠相に抜擢された農政家・経世家です。
これまで自分が学び経験したことを本にまとめた丘隅は 62 歳のときに将軍に謁見する機会を得ます。
特に富士山の噴火があったのち、たびたび氾濫を起こしていた酒匂川の治水工事が有名です。
この功績により丘隅は 3 万石の地域の支配を任されます。
足高の制のその後
足高によって増えた分の禄高については、役職ボーナスのようなものですので、本来は役職に就いている間だけのものでした。
また、 5 代将軍綱吉以降、幕府財政は悪化していました。
吉宗が将軍に就任したときは幕府財政の立て直しが急務であったために、そのための改革する必要性があり、「有能な人材を抜擢することを正当化するために足高の制を行った」という見方もできるでしょう。
それを少しでも抑えるために制度として明確にすることで、享保の改革を行っていったという考え方もできます。
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まとめ
✔ 足高の制とは役職に応じて足りない禄高を役料として足すこと。
✔ これにより能力はあるものの、家格が低いという理由で役職に就けない人材を登用することができるようになった。
✔ 役職に就いている期間だけのものなので、幕府財政的にも影響が少なかった。
✔ 大岡忠相や田中丘隅など享保の改革で活躍した人物が輩出された。
✔ 本来は世襲されないが、結果的に世襲される禄高になることが多かった。
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