峠の我が家
アメリカ合衆国の代表的な民謡『峠の我が家』(Home on the Range)は、カンザス州の公式州歌です。「この地の我が家」「平原の我が家」とも訳されますが、原題の「Range」は平原を意味し、カンザス州の広大な大地を歌ったものです。開拓時代から親しまれ、多くの人々に歌い継がれています。
アメリカ合衆国で広く知られる民謡の一つに『峠の我が家』(原題:Home on the Range)があります。この歌は、カンザス州の公式な州歌として制定されています。日本語では『この地の我が家』や『平原の我が家』といった訳題でも親しまれていますが、最も一般的な『峠の我が家』という呼称は、原題の"the Range"が持つ本来の意味合いからすると、やや誤解を生む可能性があります。原題の"the Range"は、山脈や山地ではなく、広大な土地や平原を指す言葉として理解するのが適切です。この歌が生まれたカンザス州は、文字通りどこまでも続くような大平原が広がる地域であり、一般的に「山」や「峠」と呼ばれる地形はほとんど見られません。例えば、カンザス州で最も標高が高い地点とされるサンフラワー山ですら、一般的な山の定義には当てはまらないほど、地形の起伏は緩やかです。これは、ミシシッピ川流域からロッキー山脈の麓に向かって、大平原が極めてゆるやかな傾斜で続いており、州の西端部でようやく標高が1,000メートルを超えるという地形的な特徴によるものです。したがって、歌詞の内容、特にバッファローが自由に歩き回る情景からも、歌の舞台が広々とした平原であることが強く示唆されており、『平原の我が家』といった訳題の方が原題に忠実と言えるでしょう。
この歌の起源は、1870年代初頭に遡ります。カンザス州スミス郡に住んでいたブリュースター・M・ヒグリー(Brewster M. Higley)という人物が、「西部の我が家」(My Western Home)と題する詩を創作しました。この詩は、1873年に地元紙『スミス・カウンティ・パイオニア』に「おお、バッファローがうろつく地に我が家を与えよ」(Oh, Give Me a Home Where the Buffalo Roam)という題名で掲載されました。その後、ヒグリーの友人であったダニエル・E・ケリーが、この詩にメロディーを付けたことで、歌としての形が完成しました。ヒグリーが最初に書いた詩は、現在歌われている歌詞と多くの部分で共通していますが、細部においては異なるところもあります。