【京都・宇治】室町幕府の滅亡現場?《宇治槇島城》幻の古城の歴史をたどり、足利義昭の野望を偲ぶ…
【京都・宇治】室町幕府の滅亡現場?《宇治槇島城》幻の古城の歴史をたどり、足利義昭の野望を偲ぶ…

【京都・宇治】室町幕府の滅亡現場?《宇治槇島城》幻の古城の歴史をたどり、足利義昭の野望を偲ぶ…

元亀4年(1573年)7月18日、2世紀余りの永きにわたる室町幕府が、その歴史に幕を下ろしました。 第15代将軍・足利義昭が織田信長の軍門に下り、立て籠もっていた槇島城から追放されたのです。 今回はそんなドラマの舞台となった槇島城(真木島城

【本軍】織田信長・青地元珍・明智光秀・荒木村重・池田孫太郎・小川祐忠・弓徳左近兵衛・京極高次・後藤高治・佐久間信盛・柴田勝家・進藤賢盛・多賀常則・永田刑部・永原重康・丹羽長秀・羽柴秀吉・蜂屋頼隆・平野某・細川忠興・細川幽斎・山岡景隆・山岡景猶・山岡景宗・山崎片家、など

【別動隊】稲葉一鉄・安藤守就・飯沼勘平・市橋利尚・氏家直昌・斎藤利治・島右京助・島彦六・種田正元・不破彦三・不破光治・丸毛兼利・丸毛光兼、など

※『信長公記』より

エピローグ

槇島城・略年表

時期不詳在地の土豪・真木島氏により「槇島館」が築かれる時期不詳応仁の乱(1467~1477年)に際し、成身院光宣(1390年生~1469年没)が東軍を率いて入城する文明10年(1478年)山城守護代・遊佐国久が郡代を入城させる明応8年(1499年)細川政元が槇島館を攻略。以後居城とする その後、しばしば将軍・足利義澄を招いて交流する永正元年(1504年)政元の被官・赤沢宗益が3月に謀叛を起こして鎮圧され、同年6月に赦されるも9月に再び謀叛を起こして逐電する 一連の戦いで槇島城一帯は焼け野原になる永正4年(1507年)大和国へ遠征する赤沢長経や内堀次郎左衛門尉が着陣永正5年(1508年)弘中武長(大内義弘の被官)が槇島城に入城する元亀4年(1573年)槇島城の戦い。足利義昭が立て籠もるが織田信長に敗れて追放される(室町幕府の滅亡)時期不詳秀吉が伏見城を築くと槇島城は戦略的価値を失い、やがて廃城となる ※参考文献:
  • 太田牛一『信長公記』国立文書館デジタルアーカイブ
  • 奥野高広『人物叢書 足利義昭』吉川弘文館、1989年12月
  • 京都学研究会 編『京都を学ぶ【宇治編】』ナカニシヤ出版、2023年3月
  • 歴史群像編集部『【全国版】戦国時代人物事典』学研プラス、2009年11月