磯部の一本榎
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《富山県富山市:いそべのいっぽんえのき》佐々成政が嫉妬に狂い、側室の小百合を惨殺した“ぶらり火”出現の地。“立山の黒百合の祟り”と怖れられた伝説の怪談を紹介する。

◆さらさら越え 日本の登山史上の偉業とされる、厳冬の立山・北アルプス縦走。豪雪エリアのザラ峠を越えたとされるため、この名が付けられたとも。佐々成政以下約50名ほどで出発したとされるが、辿り着いたのは約10名ほどであったと言われるほど厳しい走破であったという。そして往路だけではなく、復路も同じルートを取って富山に戻ったと推測される。 またこの時、峠のあたりで人家を発見、中には源平の合戦で名を馳せた平景清と五十嵐(平)盛継がおり、彼らに世の移り変わりを教え、また彼らから信濃へ抜ける道を教えてもらったという伝説がある。さらにこのさらさら越えに関連して、成政の埋蔵金が立山山中のどこかにあるという伝説も残されている。

◆小百合の「黒百合伝説」 小百合が立山の黒百合に呪詛を託したとされるが、『絵本太閤記』では次のような逸話がある。 秀吉に降伏した後に大阪に移ってきた成政であるが、ある時、秀吉正室の北政所に黒百合を献上した。北政所は珍しい花と聞いて、茶会を催して披露してみせて自慢した。ところが数日後、側室の淀君の茶会に招かれると、同じ黒百合が他の花と混じって無造作に生けてあるのを見た。噂をどこかから聞きつけた淀君が内密に取り寄せたものだったが、これを見た北政所は激怒し、ことあるたびに成政を悪し様に言い続けた結果、ついに肥後での失政を問われて死を迎えたという。 また僅か3年ほどの間に失脚し断絶した佐々家の凋落そのものが、小百合の祟りのせいであるという説もある。

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魏石鬼岩窟 動字石

<都道府県・時代>

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